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生涯の趣味として:オリエンテーリング

ES関東クラブのピースケこと桜井剛(さくらい たけし)です。
なぜに自分?ということでたいへん恐縮なのですが、オリエンティア Advent Calendar 2017への執筆依頼をいただきましたので、ここに寄稿させていただきます。

生涯の趣味といいながらも、オリエンテーリングは大学を卒業後約25年ほとんどやっていませんでした。でも、趣味は?と聞かれれば必ずオリエンテーリングって答えていたんですよね。中学・高校とバドミントン部に所属していたのですが、それよりも大学になって始めたオリエンテーリングがしっかりと目標をもって活動できたからでしょうか。
そんな学生時代の主な足跡からつづります。

オリエンテーリングとの出会い

オリエンテーリングに出会ったのは大学生になったとき。何かのサークルに入ろうかなと思っていたときに新歓のテントに招き入れられたのがきっかけでした。たぶんオリエンテーリングを理解して入ったのではなくて、その場が楽しそうだったからかな?お姉さま方の圧に屈したということもありましたが。
もともと走るのも好きで、パズルっぽいのも大好きだったということもあってすぐに受け入れられましたね。そこそこ走るのも速いということもあって先輩陣のスパルタな教育を受けることになるわけです。
オリエンテーリングでは、当時関東学連の渉外窓口だった土屋仁志さんに連れられて、東大7daysは当然のようにすべて参加するなどとにかく先輩陣の誰よりもオリエンテーリングを多くやりましたね。オリエンテーリング以外でも富士登山競走や河口湖マラソン(現在の富士山マラソン)に参加したりと。

短パンで走った学生時代

トリムテックスなる軽量なウェアをまだ持たないころ。当初は森で走るときはジャージを履いて参加したのですが、雨が降ったときにあまりにも重くなり、どうしても速く走りたい自分が選択したスタイルは短パン。

そんなこと言わなくたって誰もやらないでしょうけど、短パンは絶対にお勧めしません。足に刻まれた無数の傷跡は、30年経った今でもまったく消えることがないのです。それがオリエンテーリングを忘れることがなかった理由のひとつだったのかもしれませんが。


当時は、短パンでの参加を禁止することがなかったからかもしれませんが、さすがに上半身裸で走ったときには何人もの方から苦言をいただきました。

そしてやはり短パンだから起きた事件もあったのです。

(1)鑓水事件
数多く大会や練習会を経験し、大学1年生の初心者ながらも何かオリエンテーリングを速く走ることに目覚め始めたころ。ビックマウス的なところもあった自分としてはインカレの選手権クラスにもでたいと懇願し始めたころでもありました。
大学1年の冬、八王子の「鑓水」で行われた大会にて、いつもの通り短パンで勢いよく走る自分でしたが、尾根の竹やぶの切り通しを勢いよく駆け下りていく途中でぷすっという軽い音。右足の太ももに深さ5cm、竹やぶの竹が突き刺さってしまったわけです。血は止まることなく瞬く間に右足は真っ赤に染まってしまいました。人生初の救急車を経験することになったわけです。
まあ、それでも短パンスタイルをやめることはなかったのですが。

(2)赤根峠事件
今でも何かと引き合いにだされることがある、1984年2月26日に開催された早大OC大会。このときの事件の原因の一端は自分にあったのです。
膝まで積る豪雪の中、もちろん短パンで参加しました。
お前バカか?と言われながらも自分は普通にまわって来られましたが、一歩間違えれば命さえ落としかねない事態が発生していたのでした。
友人が、短パンスタイルで参加し低体温症で動けなくなっているところをパトロール員が発見、救急車で運ばれていたのです。なぜそんな恰好でと咎められたとき「だってピースケが短パンで参加しているから」とのことでした。
その翌週に開催された「摂丹街道」でのインカレも雪が多く残る中、短パンで選手権クラスに参加し奇跡的に入賞することもできましたが、その後トリムテックスを手にするようになり短パンから卒業するわけです。

地図を描きたい

オリエンテーリングが楽しくって、そうなるとやはりヨーロッパに行かねばと。大学3年の夏、フランス→フィンランド→スウェーデンと転戦するのでした。
遠征から戻ったあとは、当時は毎年開催していた横浜国立大学オリエンテーリング部主催の大会の準備。地図を描いて皆に走ってもらいたいと思うようになります。
1984年9月から翌3月まであしげく小田原に通って作図。大江健三郎さんの小説「キルプの軍団」にもでてくる「枝垂桜」ですね。塔ノ峰556mから北東側の大半を担当しましたが何しろ高低差が550m以上ありますから調査にも時間がかかるわけです。
苦労して描き上げた地図、でも大会は設置ミスもあり一部クラスが不成立になったんです。もっとも挫折を感じたときでもありました。
ヨーロッパもいき、地図も描き、オリエンテーリングでは一通りやりたいことをやりきった感もあったということと、このときの挫折感も相まったのでしょうか、オリエンテーリング熱が冷めていってしまったようです。

オリエンテーリング界を離れる

就職をして、しばらく何回かは参加することはありましたが、何か目標を失っている感と仕事が忙しいということもあって、徐々に大会に参加することがなくなってきました。
やがて結婚して子供もできてますます仕事と家族が中心の生活となってすっかりオリエンテーリング界から離れることになります。
しかし学生時代に目標をもって邁進した日々は忘れることはなく、趣味はときかれれば必ずオリエンテーリングと答え、熱を込めて解説していたものです。

オリエンテーリング界に戻る

運動はまったくせず、もう身体はメタボっぽくほぼ70kg(身長は164cm)だった2009年の冬。健康に不安を感じることも多くなってきていました。
子供も大きくなって仕事もさほど忙しくなくなって休日何か運動をしなければと思っていたとき、インターネットで検索していると、木場公園という都内の近場のオリエンテーリング大会があることが目に留まりました。
要項を見てみると競技責任者「杉本光正」や申込先「寺嶋一樹」など、懐かしい名前があるではないか。ちょっと顔を出してみようかな?って参加したのが戻って来られたきっかけでした。
Eカードやラップセンターとか、驚くことは多かったのですが何かすごく新鮮さを感じて楽しかったですね。完走中後ろから2番目という記録でしたが、すぐにその会場で次の大会の申込みをしたのでした。
https://mulka2.com/lapcenter/lapcombat2/split-list.jsp?event=906&file=1&class=2
当初の目標は、いずれどちらかの大会で入賞すること。

トレーニングに励む

入賞を目指すには、学生時代の切れを戻さねば⇒ならば体重を減らさねば⇒でも食事制限はしたくないな⇒トレーニングせねば。
といっても最初は歩くことから。万歩計を用意して1日1万歩を目指します。
やがて走る距離も伸びていき、トレランの大会にもエントリー。
1年間で10kg以上の減量に成功するのでした。

やがて長距離を走るということでもいろいろと目標が
大学1年のときに参加した河口湖マラソンのタイムを更新すること、富士登山競走を完走すること。
後者は叶いませんでしたが、フルマラソンでは3時間18分までだせるようになりました。
当初の目標にしたのは学生時代に置き忘れてきたものを取り戻すことだったのかもしれませんね。

母校クラブの復活を願う

母校のオリエンテーリングクラブは自分が離れている間に消滅してしまっていました。せっかくオリエンテーリング界に戻ってきたのに、あんなに学生時代に打ち込んだのに、母校の応援ができないというのは辛いものです。
そんな中、KOLCで主将をしていた小室隆之くんに出会います。彼が4年になり新入生も2名入って何かしなければということで、学内オリエンテーリングMAP「名教自然」の復活を企画することになりました。
「名教自然」は学生時代にオリエンテーリングのトレーニングに使っていたもの。そのためにOCADを購入し、何度も足しげく通い地図を描いていきました。

OBの吉田しのぶさんの旦那でナショナルチームのコーチから壮行会を開催してほしいとの打診が。クラブとして成り立ってもいないので、開催許可までにはかなりの苦労がありましたが、小室くんがなんとか交渉して実現することができました。
http://ynuolc.com/sprint2012/
そのときのO-Newsでの記事でこれからの横浜国立大学の発展が楽しみだと予言していただいたときは嬉しかったですね。

皆さんがご存知のとおり、まさしくその通りとなってインカレで優勝候補といわれるようになったことには感慨深いものがあります。
今年度は女子チームも復活するとのこと。
やはり応援できる後輩がいるってことは嬉しいですね。

ロゲイニングに感動する

初めてロゲイニング大会に参加したのは、2010年4月18日に開催されたサン・スーシ主催の「秦野弘法山ロゲイニング大会」
3時間なので、へろへろになりましたが、地図をもってはしって3時間もトレーニングできることに、なんてコストパフォーマンスが高いんだと感動。そして初めてのフォトロゲ5時間は2010年12月24日の「フォトロゲ越生」から、フォトロゲ参加の比率は極端にあがっていくこととなります。地図をもって走るということでは、自分にとってオリエンテーリングとあまり変わらない感覚なんですよね。
そんなこともあって、こちらに参加する方々ともすぐに打ち解けます。
この参加人数が比較的少なくて同じ顔の人にしょっちゅう会えて、次から次へと新参者が現れて。終わった後に反省会をしたりするというのも何か学生時代のオリエンテーリング参加のときにもあった「楽しい」と思えるイベントだったりします。


第3回チェックポイント

そして、ついに自分でもイベントを企画しようかなって。
足立区に住んで30年。2015年から始めた足立フォトロゲイニングはそんな手作り感満載のこだわりイベント。
なぜか第3回からは足立区共催でやっています。

シティロゲではあまり採用しない基盤地図情報から作成し、OCADを駆使してとにかく見やすさにこだわっています。まあ他にも他のロゲイニングイベントにはない工夫をしていたりするのですが。
これは毎年続けていつかはでっかくやりたいなぁというのが目下の目標でもあります。



ロゲイニングのイベントは手軽にやろうと思えばできてしまいますが、自分が係わったイベントでは、すべてに想像以上の時間を費やして提供しています。特に里山は気を付けなければなりませんね。
現在は千葉県の金谷町と鋸山周辺でのロゲイニングの準備中です。もちろん地図は、基盤地図情報からなのですが、道が不正確すぎたり入っていなかったりで修正しまくってます。
https://www.sportsentry.ne.jp/event/t/70262
特に初心者でも安心して参加していただくには地図は正確でわかりやすく誤解を受けることがないよう細心の注意を払わなければならないと思うのです。
熟練者は、少々地図が間違っていても何とかするんですけどね。

GPSっていいよね

学生時代にオリエンテーリングをやっていたときと大きく違うことに、GPSのログが簡単にとれるようになっているってこともありますね。
現在も走るときは必ずGARMINのForeAthlete220Jにて計測するようにしています。オリエンテーリングでもあとでみてみると、ここでどれぐらい遅くなったかを反省することもできるのでとても便利です。

先に紹介した足立ロゲでは、毎年恒例でGPSで取得した軌跡で干支の絵を描いて参加者に年賀状を送ることにしています。まさしく自己満足の極みと申しましょうか、12年間は必ず続けなければと思っている次第です。

スマホでもGPSの軌跡を見ているうちに、あれ?地図調査にも使えるんじゃないのって思ったりして。
試してみたくて、今年の5月に会社の3年に1度のリフレッシュ休暇を利用して伊豆大島に地図調査をしにいったのでした。

ツールは自主製作でして、まだまだ不満はあるので、正月休みにでもバージョンアップしようかと思っています。
メールアドレスとパスワードを設定すればだれでも簡単に使用できるようになっていますので、OCADをお持ちで興味のある方はぜひお試しください。
http://eskantoc.com/gps/

◆調査中はこんな感じ



◆OCADからKMLをエクスポートしてこんなことも



◆取得されたデータはGPX形式で出力して



◆OCADにインポート

精度は、伊豆大島のような何も障害物がないようなところだと問題ない(もちろん航空写真を見ながら確認しつつ)のですが、鋸山のようなところだとちょっとダメですね。特に急斜面はトホホです。
しかしながら2018年度からのみちびき4機体制の運用には大いに期待しているところです。
GPSを使った楽しみはこれからもいろいろと企画したいところです。

残念ながら悪天候で伊豆大島大会が中止になってしまって調査範囲のお披露目ができなかったのですが、3/31-4/1に「ES関東クラブ新人歓迎伊豆大島合宿」が企画されています。体験入会希望の方大歓迎です。

生涯の趣味として

大学を卒業したときは、オリエンテーリングを通じてやりたいことを失ってしまったということがあるのでしょうか。
正直なところ、離れてしまっていたことには後悔しています。少しでも係わって続けていたらどんなだったろうと思うこともあります。
ES関東クラブに入ったのも、もう離れるのはよそうと思ったからですね。
ES関東クラブ体験入会希望者募集中

他の個人競技に比べたら、タイムを更新するとかなかなか目標を定めにくいこともあるのですが、戻ってきてからは、オリエンテーリングやロゲイニングを通じて何かしらのやりたいこと(目標)が生まれているんですよね。
足立フォトロゲイニングや伊豆大島オリエンテーリング大会など、継続してやっていきたいと思うイベントもあります。
復活した大学クラブを見守ってあげなければという思いもあります。

仕事もとても忙しいのですが、趣味の分野で常にやらなければならないこと、やりたいことを抱えています。そうなると予定通りに仕事を終わらねばという意識も高くなって効率化にも繋がっているんではないかなとも思うんですよね。趣味に打ち込むことこそ「働き方改革」になることになるのではとも思うのです。
健康を取り戻したのはオリエンテーリングのおかげでもあり、これからも健康である限りオリエンテーリングを通じていろんなことに挑戦していきたいと思っております。

長文お付き合いいただきありがとうございました。オリエンティア Advent Calendar 2017にお誘いいただいた小柴滉平さんに感謝いたします。