足立区について

足立区について

主催者は、足立区の住民であるがために足立区を推しています。

チェックポイント選定には以下のページなども参考にさせていただきました。
(チェックポイントの写真は主催者側でロゲイニング用に撮っております)

価格:360円

足立区公式サイト(http://www.city.adachi.tokyo.jp/)
足立区観光ネット(http://adachikanko.net/)

足立区の位置と面積

23区の最北端は足立区にあります。
面積は53.25k㎡で23区では大田区、世田谷区についで3番目の広さ、人口は69.3万人(2015/05/01人口推計)で23区内4番目となります。
最高地点でも17.5mという平地。等高線読みの楽しみはないのですが、走る方は、思いっきり長い距離を稼げるかもしれません。

四方を河川に囲まれて

今回、ロゲイニングを企画するにあたり足立区の隅々まで走って調査をしているのですが、区境の河川沿いって結構萌えるものがあります。機会があれば、足立区一周走ってみていただければと。ウルトラオリエンテーリングでも企画しようかなって思ったりして。

DSC05913_2新芝川(芝川放水路),毛長川(利根川水系綾瀬川支流),綾瀬川(利根川水系中川支流),垳川(がけがわ)を隔てて北側は埼玉県となります。毛長川や垳川の足立区側の遊歩道は23区とは思えない(ほぼ埼玉ですが)トレイル率。おすすめです!
東側は、中川(利根川水系支流)と足立区の代表河川である荒川、そして荒川と中川の間を流れる(ほとんど暗渠化)古隅田川を隔てて葛飾区。足立区と葛飾区の境界がくねくねとしているのは、古隅田川があったからです。橋があった跡だけが多数残っています。
南側、西側は隅田川(新岩淵水門で荒川から分岐)が流れ、墨田区、荒川区、北区が隣接します。

公園面積は23区内1位

DSC05668_2今回の地図では、公園・緑地・緑道は色分けしてあります。
各々の公園の整備はとてもいきとどいていて、調査をしていてゴミをみた記憶がないですね。
最も広い公園は都立舎人公園。現在も造成中ですが、現在の広さで東京ドーム13個分もあります。
特徴がある公園が多いので、今回はいくつもの箇所がチェックポイントとして設定されています。

足立区の歴史

足立区には史跡が多くあり、今回のチェックポイントにも多く採用されています。しっかりと予習しておきましょう。

6000年前は海の中、縄文時代後期(4000年前)にようやく足立区北部が地上に現れていたようです。
「足立」の地名は大化の改新(645年)後、令制国とそれに付随する郡に整備しなおしてできた「武蔵国足立郡」からきています。
奈良時代(735年)に足立郡から奈良の都に蓮の実を送ったとする証拠が刻まれた木簡が平城京遺跡で発見され「足立」の文字が確認されました。
室町中期~戦国期には千葉氏の領国であり、戦国後期には千葉氏を従属下においた小田原の後北条氏の領国でした。1996年に千葉氏の城の堀跡が発見されています。
江戸時代になると大改革が行われるようになり、千住大橋(江戸時代に入る前から家康から命をうけたようですが)が掛けられ、1625年に千住宿が整備されると急速に発展していきました。
江戸中期に行楽が普及し、足立区も河川に囲まれたおだやかな風景や自然は好まれて行楽地となったようです。江戸東京から日帰りで行けるとあって多くの人が訪れるようになりました。
1878年に武蔵国足立郡のうち東京府に属する区域を南足立郡とし、1889年市制町村制により千住町、西新井村(後に西新井町)、江北村、舎人村、渕江村、梅島村(後に梅島町)、綾瀬村、東渕江村、花畑村の10町村が発足しました。
「足立区」の地名になったのは1932年。この南足立郡の全域が東京市に編入されました。
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